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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)3499号 判決

原告

佐野しげ

ほか二名

被告

社団法人練馬区医師会

主文

一  被告は、原告佐野しげに対し、金二五三八万八四七一円及び内金二四五八万八四七一円に対する昭和六一年九月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告佐野澄子及び原告佐野妙子に対し、それぞれ金一二二六万九二三五円及び内金一一八六万九二三五円に対する昭和六一年九月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、一、二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告佐野しげ(以下、「原告しげ」という。)に対し、金四八〇六万九三四九円及び内金四五五六万九三四九円に対する昭和六一年九月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告佐野澄子(以下、「原告澄子」という。)及び原告佐野妙子(以下、「原告妙子」という。)に対し、それぞれ金二三二八万四六七四円及び内金二二〇三万四六七四円に対する昭和六一年九月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下次の事故を「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和六一年九月二四日午後〇時三三分頃

(二) 場所 東京都練馬区南大泉四丁目四七番一八号先路上

(三) 加害車両 伊藤政利(以下、「伊藤」という。)運転の普通乗用自動車(以下、「被告車」という。)

(四) 被害車両 亡佐野年明(以下、「年明」という。)運転の原動機付自転車(以下、「佐野車」という。)

(五) 態様 T字路交差点で被告車file_2.jpgと佐野車file_3.jpgが衝突

file_4.jpg2  年明の死亡

本件事故により年明は傷害を負い、本件事故発生の日から入院し治療を受けたが、昭和六一年一〇月七日に死亡した(入院日数一四日)。

3  原告らと年明の関係

原告しげは年明の妻、原告澄子及び原告妙子は年明の子であり、他に相続人はいない。

4  責任原因

被告は被告車の所有者であり同車を自己のために運行の用に供していた。

5  損害

(一) 治療費 二〇二万五二一〇円

(二) 入院雑費 一万六八〇〇円

一日当たり一二〇〇円の一四日分

(三) 休業損害 三四万五一九八円

年明の本件事故当時の年収は九〇〇万円(一日当たり二万四六五七円)であつたところ、本件事故発生の日から死亡の日までの一四日間は休業し収入が得られなかつたから、右日数分の収入三四万五一九八円が死亡までの休業損害である。

(四) 逸失利益 六五五七万六七〇〇円

年明の本件事故当時の年収九〇〇万円を基礎とし、生活費を三〇パーセント控除のうえ、稼働可能年数を一四年間として新ホフマン方式により中間利息を控除して計算した六五五七万六七〇〇円が逸失利益である。

(五) 入院慰藉料 二〇万〇〇〇〇円

(六) 死亡慰藉料 二二〇〇万〇〇〇〇円

(七) 損害の填補(治療費) 二〇二万五二一〇円

(八) 相続

(一)ないし(六)の合計から(七)を控除したものの二分の一を原告しげが、各四分の一を原告澄子、原告妙子がそれぞれ相続した。

(九) 葬儀費用(原告しげ) 一五〇万〇〇〇〇円

(一〇) 弁護士費用(原告しげ) 二五〇万〇〇〇〇円

(原告澄子、原告妙子) 各一二五万〇〇〇〇円

よつて、原告しげは被告に対し損害金合計四八〇六万九三四九円及び同金員のうち弁護士費用を除いた四五五六万九三四九円に対する本件事故発生の日である昭和六一年九月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告澄子及び原告妙子は被告に対しそれぞれ損害金合計二三二八万四六七四円及び同金員のうち弁護士費用を除いた二二〇三万四六七四円に対する本件事故発生の日である昭和六一年九月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2、4並びに5(一)及び(七)は認め、その余は知らない。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故は、年明が見通しのきかない交差点にさしかかつたのに、徐行をせず、かつ前方を注視しなかつた過失によつて発生したものである。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録を引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)、2(年明の死亡)及び4(責任原因)の事実は当事者間に争いがなく、同3(原告らと年明の関係)の事実は原本の存在と成立に争いのない甲第四一号証によれば認めることができる。

二  そこで請求原因5(損害)及び抗弁(過失相殺)について判断する。

1  治療費 二〇二万五二一〇円

治療費は当事者間に争いがなく、本件事故による損害と認められる。

2  入院雑費 一万四〇〇〇円

入院雑費は一日あたり一〇〇〇円の一四日分である一万四〇〇〇円が相当と認められる。

3  逸失利益 三九一九万八六一七円

前掲甲第四一号証、成立に争いのない甲第二五号証、証人萩村信一の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二四号証並びに右証言により原本の存在と成立が認められる甲第一七ないし第二〇及び第三五号証によれば、年明は昭和八年七月二六日生まれ(本件事故発生時及び死亡時は五三歳)であること、同人は本件事故当時、梱包機械の製造販売を目的とする株式会社東洋工機(以下、「東洋工機」という。)の代表取締役社長であり、本件事故発生直前の給与は月額五五万円で賞与はなかつたこと、家族は妻原告しげ(昭和一四年七月六日生まれで本件事故当時四七歳)と子である原告澄子(昭和四四年二月二四日生まれで本件事故当時一七歳)及び原告妙子(昭和四五年九月一六日生まれで本件事故当時一六歳)であつたこと、原告しげは本件事故当時東洋工機の監査役で月額二一万円の給与があり、年明の死亡後は同社の取締役になり月額五〇万から六〇万円の給与を受け、その後取締役を退任し昭和六三年九月現在月額一〇万円の給与を受けていること、以上の事実が認められる。そうすると、年明の逸失利益は、月額五五万円の一二か月分である六六〇万円を基礎年収とし、生活費として家族構成、妻の収入、子の年齢等を考慮して四〇パーセントを控除し、稼働年数を五三歳から六七歳までの一四年間としてライプニツツ方式により年五分の割合で中間利息を控除して(係数九・八九八六四〇九)算出した三九一九万八六一七円が相当と認められる。

(計算式)

六六〇万〇〇〇〇×(一-〇・四)×九・八九八六四〇九=三九一九万八六一七

なお、原告らは年明の基礎年収を右六六〇万円に賞与二四〇万円を加算した九〇〇万円とすべきであると主張し、甲第二四号証には年明の死亡後同人に六か月分の賞与として一二〇万円が支払われた旨の記載があり、また証人萩村信一は年明の死亡後に東洋工機の社長になつた同人の給与は昭和六三年九月現在で月額一二〇万円であると証言している。しかし、前記のとおり年明死亡前には賞与がなかつたのであり、仮に右記載及び証言のとおりの事実があるとしても、賞与の支給や社長給与の昇給は年明の死後に萩村信一らが決定したことであり、年明が本件事故によつて死亡しなかつた場合にも賞与の支給や昇給がなされていたと認めることは困難であるから、原告らの前記主張は採用することができない。

また、原告らは本件事故発生の日から年明死亡の日までの同人の休業損害を請求しているけれども、本件事故発生の日から年明死亡までは一四日間にすぎず、年明は本件事故発生の日も死亡時も五三歳であつたから、仮に右期間に年明が収入を得ていなかつたとしても、右期間の年明の得べかりし利益は前記逸失利益に含まれていると解され、逸失利益の他に休業損害を請求することはできないというべきである(なお、右期間につき年明が収入を得ていなかつたことを認めるに足りる的確な証拠もない。)

4  慰藉料 一七〇〇万〇〇〇〇円

本件事故による年明の傷害内容と死亡の事実(成立に争いのない甲第一号証によれば、年明の死因は頭蓋内損傷の疑いと認められる。)、本件事故発生から死亡までの年明の入院期間、年明の家族構成、家族の収入その他諸般の事情を考慮すると、年明の慰藉料は一七〇〇万円が相当と認める。

5  相続

前記のとおり相続関係(請求原因3)は認めることができるから、原告しげは1ないし4の合計五八二三万七八二七円の二分の一である二九一一万八九一三円の損害賠償請求権を、原告澄子及び原告妙子はそれぞれ同金額の四分の一である一四五五万九四五六円の損害賠償請求権を相続したものと認められる。

6  葬儀費用(原告しげ) 一〇〇万〇〇〇〇円

弁論の全趣旨及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二ないし第一六号証によれば、原告しげは年明の葬儀費用として一〇〇万円以上の支出をしたことが認められるところ、そのうち本件事故による損害として被告に請求できるのは一〇〇万円が相当と認められる。

7  過失相殺

(一)  原本の存在と成立に争いのない乙第一ないし第七号証、第八号証の一、二、第一二号証及び第一三号証によれば次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 本件事故現場は富士街道と大泉通りを結んで南北に走る(富士街道方面が南側)幅員三・八メートルの道路に、保谷市方面からの幅員三・九メートルの道路が西側から交差するT字路(以下「本件交差点」という。)である。右両道路の制限速度は時速四〇キロメートルである。

(2) 本件交差点の南西角は、隅切りがあるものの、道路境界には金網のフエンスと背の高い樹木があり、しかも角付近に電柱があるため、富士街道方面からの左方の見通しと保谷市方面からの右方の見通しはきわめて不良である。

(3) 保谷市方面からの道路には本件交差点手前に一時停止の標識及び停止線があるが、本件事故当時本件交差点には反射鏡は設置されていなかつた。

(4) 伊藤は被告車(日産マーチ。長さ三・七六メートル)を運転して保谷市方面から本件交差点にさしかかり、一時停止線で一旦停止したが、左右が見通せないため被告車を発進させた。そして、右方が見通せる地点まで出たにもかかわらず、右方の確認が不十分なまま、被告車をそのまま前進させて本件交差点内に進入し、右折しようとしたが、被告車の前部を交差点に約二メートル進入させた地点で被告車右前部を佐野車左側に衝突させた。衝突時の被告車の速度は、時速四・五ないし六キロメートルであつた。

(5) 年明は佐野車を運転して富士街道方面から本件交差点にさしかかり、直進進行中に被告車と衝突した。衝突時の速度は時速一一・五ないし一四・七キロメートルであつたが、年明は衝突直前に制動の措置を採つていた(したがつて、佐野車が本件交差点にさしかかつた際の速度は右速度を超えていた。)。

(6) 富士街道方面から進行すると、本件交差点の約一〇メートル手前に東側(東大泉方面)からの道路が交差するT字路があり、右T字路における右方の見通しも不良であるが、右T字路にさしかかる地点で本件交差点の存在を前方に確認することができた。

(二)  右事実によると、原動機付自転車を運転して富士街道方面から本件交差点に近づく者は、本件交差点における左方の見通しがきわめて不良であるから本件交差点の存在が確認できる地点から徐行して進行する義務があるというべきである。ところが、前記のとおり佐野車は本件交差点に時速一一・五ないし一四・七キロメートルを超える速度で近づいていたのであり、右速度では徐行とはいい難く(なお、本件交差点を確認できる地点は本件交差点手前のT字路にさしかかる地点であり、右T字路も見通しが悪いのであるから、右T字路の存在を確認できる地点から徐行を開始し本件交差点に至るまで徐行を継続するべきである。)、かつ、佐野車が徐行していれば、年明は被告車が本件交差点に進入を開始した時に被告車を発見するとともに制動の措置等を講じることによつて本件事故の発生を防ぐことができたと認められるから(被告車と佐野車の速度及び衝突地点から考察すると、被告車が交差点に進入した時には佐野車は交差点の約四ないし七メートル手前を走行していたと認められる。)、年明は本件事故発生につき過失があるといわなければならない。

もつとも、本件事故の主たる原因は前記認定のとおり伊藤が右方を十分に確認しないまま被告車を本件交差点に進入させたこと及び本件交差点の見通しがきわめて不良であるにもかかわらず反射鏡がなかつたことによるものであるうえ、佐野車は徐行こそしていないけれどもかなり低速であつたことも考慮すると、過失相殺としては年明側の損害額から一五パーセントを減額するのが相当と認める。

(三)  そうすると、原告しげの損害額は5の損害額と6の葬儀費用の合計額三〇一一万八九一三円から一五パーセントを控除した二五六〇万一〇七六円、原告澄子及び原告妙子の損害額はそれぞれ5の損害額から一五パーセントを控除した一二三七万五五三七円となる。

8  損害の填補

損害の填補(治療費)として二〇二万五二一〇円が支払われたことは当事者間に争いがないから、右填補額の二分の一を原告しげの損害から、各四分の一を原告澄子及び原告妙子の損害から控除すべきであり、そうすると、原告しげの損害額は二四五八万八四七一円、原告澄子及び原告妙子の各損害額は一一八六万九二三五円となる。

9  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは本件訴訟の提起のために弁護士を委任したこと、もつとも原告らが本件訴訟を提起するに至つたのは原告らが年明の逸失利益及び慰藉料について原告ら主張金額に固執したことも一因であることが認められ、右事情によれば原告らが弁護士費用のうち被告に請求できるのは原告しげにつき八〇万円、原告澄子及び原告妙子につきそれぞれ四〇万円が相当と認められる。

三  結論

以上の次第で、本訴請求は、原告しげにつき損害金合計二五三八万八四七一円及び同金員のうち弁護士費用を除いた二四五八万八四七一円に対する本件事故発生の日である昭和六一年九月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告澄子及び原告妙子につきそれぞれ損害金合計一二二六万九二三五円及び同金員のうち弁護士費用を除いた一一八六万九二三五円に対する本件事故発生の日である昭和六一年九月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中西茂)

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